サイバー捜査フロントライン

開発サプライチェーンを標的とした情報窃取攻撃:漏洩したCI/CDクレデンシャルからの侵入とフォレンジック追跡

Tags: サプライチェーン攻撃, CI/CDセキュリティ, 情報窃取, デジタルフォレンジック, クラウドセキュリティ

はじめに

近年、サプライチェーン攻撃の脅威は増大の一途を辿っており、特に開発環境を狙った攻撃は組織の根幹を揺るがす可能性があります。本稿では、CI/CDパイプラインのクレデンシャル漏洩を起点とした情報窃取事件の逮捕事例を基に、攻撃者の技術的な侵入経路、悪用された手法、そしてデジタルフォレンジックによる追跡過程を詳細に分析します。この分析を通じて、セキュリティアナリストが実務で直面する可能性のある脅威への理解を深め、効果的な防御策構築の一助となることを目指します。

事件の概要と攻撃対象

本事例は、あるソフトウェア開発企業において、CI/CD (Continuous Integration/Continuous Deployment) パイプラインのアクセス権限を持つ開発者アカウントのクレデンシャルが窃取され、これにより開発リポジトリ内のソースコードや機密設定ファイルが外部に持ち出された事件です。最終的に、攻撃グループは、窃取した情報をもとに別の企業への侵入を試みたところで逮捕に至りました。

攻撃者は、フィッシングメールを通じて特定の開発者からGitリポジトリおよびCI/CDツール(Jenkins, GitLab CIなど)にアクセスするためのAPIトークンやSSHキーを含むクレデンシャルを詐取しました。このクレデンシャルは、組織の内部ネットワークおよびクラウド環境における広範なアクセス権限を有しており、攻撃者はこれを利用してシステムに侵入しました。

攻撃手法の詳細分析

攻撃は以下のTTPs (Tactics, Techniques, Procedures) を用いて実行されました。

1. 初期アクセスとクレデンシャル窃取 (TA0001, TA0006)

2. 永続化と権限昇格 (TA0003, TA0004)

3. 防御回避と偵察 (TA0005, TA0007)

4. 情報窃取 (TA0010)

捜査過程で明らかになった技術的側面

捜査は主に、以下のデジタルフォレンジック手法とログ分析に焦点を当てて行われました。

1. クラウドログ分析

2. CI/CDシステムログとGitリポジトリ監査ログ

3. ネットワークフォレンジック

4. エンドポイントフォレンジック

実務への示唆と防御策

本事例は、サプライチェーン攻撃とクラウド環境におけるセキュリティの重要性を浮き彫りにしています。セキュリティアナリストは以下の点に留意し、防御策を強化する必要があります。

  1. 強力なクレデンシャル管理とMFAの徹底:

    • CI/CDツール、SaaSサービス、クラウドプロバイダへのアクセスには、FIDO2ベースのフィッシング耐性のあるMFAの導入を検討します。
    • クレデンシャルローテーションポリシーを厳格化し、定期的なAPIキー、SSHキーの更新を義務付けます。
    • シークレット管理ツール(HashiCorp Vault, AWS Secrets Managerなど)を導入し、ハードコードされたクレデンシャルを排除します。
  2. CI/CDパイプラインのセキュリティ強化:

    • 最小権限の原則: CI/CDジョブがアクセスできるリソースを厳密に制限します。必要な権限のみを付与し、不必要な広範なアクセス権限を避けます。
    • SCA (Software Composition Analysis) / SAST (Static Application Security Testing) / DAST (Dynamic Application Security Testing) の導入: パイプライン内で脆弱性スキャンを自動化し、悪意のあるコードの混入や脆弱性の悪用を防ぎます。
    • コードレビューの強化: CI/CDスクリプトを含む全てのコード変更に対して、厳格なコードレビュープロセスを適用します。特に、サプライチェーンから取り込む外部依存関係についても、その安全性を確認する仕組みを導入します。
  3. 高度な監視とログ分析:

    • クラウド環境の監査ログ監視: CloudTrail, Azure Activity Logsなどの監査ログをSIEMに集約し、異常なAPIコールパターン、地理的逸脱、短期間での多種多様なリソースへのアクセスをリアルタイムで検知するルールを設定します。
    • CI/CDシステムログの監視: CI/CDシステムの認証ログ、ジョブ実行ログ、設定変更ログを継続的に監視し、不審なログインやパイプラインの変更を早期に検出します。
    • ネットワークトラフィック分析: DNSログ、ファイアウォールログ、プロキシログを分析し、異常な外部通信、データエクスフィルトレーションの兆候、DNSトンネリングなどのC2通信を検知するルールを強化します。特に、通常利用されないポートやプロトコル、高頻度な接続先、不審なデータ量の送受信に注目します。
  4. セキュリティ意識向上トレーニング:

    • フィッシング攻撃の手口は常に進化しているため、定期的なフィッシング訓練を実施し、従業員のセキュリティ意識を高めます。特に開発者を標的としたスピアフィッシングに対する警戒を促します。

セキュリティインテリジェンスとしての活用

本事例は、CI/CD環境を狙う攻撃者のTTPsに関する貴重なインテリジェンスを提供します。

まとめ

開発サプライチェーンは、現代のソフトウェア開発において不可欠な要素であると同時に、攻撃者にとって魅力的なターゲットでもあります。本稿で分析した事件は、漏洩したCI/CDクレデンシャルが、いかに容易に組織のセキュリティ体制を迂回し、広範な情報窃取につながるかを示しています。セキュリティアナリストは、攻撃者のTTPsを深く理解し、多層防御の観点から、特に開発環境のセキュリティ強化、厳格なクレデンシャル管理、そして高度な監視体制の構築に注力することが求められます。これらの取り組みを通じて、新たな脅威に対処し、組織の資産を保護することが可能となります。