クラウド環境侵害における認証情報窃取の手口と追跡:公開APIキーの悪用事例とフォレンジック分析
はじめに
クラウドサービスの普及に伴い、企業は柔軟かつスケーラブルなインフラを手に入れました。しかし、その一方で、クラウド環境固有のセキュリティリスクも顕在化しています。中でも認証情報の窃取は、クラウド環境への不正侵入における主要な経路の一つであり、その手口は巧妙化の一途を辿っています。本稿では、公開されたAPIキーが悪用されたクラウド環境侵害の事例を想定し、攻撃者の技術的な手法、捜査過程で明らかになる痕跡、そして実務における防御策とセキュリティインテリジェンスとしての活用について詳細に分析します。
事件の概要:公開APIキーを起点としたクラウド侵害
この想定事例では、ある企業が開発に使用していたAWS環境において、機密性の高いS3バケットのデータが不正に窃取される事案が発生しました。調査の結果、初期侵入経路は、開発者が誤ってGitHubの公開リポジトリにコミットしてしまったAWSのアクセスキー(Access Key IDとSecret Access Keyのペア)であることが判明しました。攻撃者はこのアクセスキーを悪用し、社内ネットワークを経由せずに直接AWS環境にアクセス、権限昇格とラテラルムーブメントを経て、最終的に機密データの窃取に至っています。
攻撃手法の詳細分析
1. 初期侵入とAPIキーの発見
攻撃者は、GitHubの公開リポジトリをターゲットに、キーワード検索やスクレイピングツールを用いてaws_access_key_id
やaws_secret_access_key
といったパターンに合致する文字列を継続的にスキャンしていました。また、Shodanなどの検索エンジンを駆使し、設定ミスや誤って公開されたクレデンシャル情報が格納されている可能性のある環境を探索していた可能性も指摘されます。
公開リポジトリから発見されたAPIキーは、通常、以下のような形式で提供されます。
AWS_ACCESS_KEY_ID=AKIAIOSFODNN7EXAMPLE
AWS_SECRET_ACCESS_KEY=wJalrXUtnFEMI/K7MDENG/bPxRfiCYEXAMPLEKEY
2. キーの検証と権限昇格の試行
攻撃者は発見したAPIキーの有効性を確認するため、まずAWS CLIなどを利用して基本的なAPIコールを実行します。
aws sts get-caller-identity --profile leaked-key
このコマンドは、提供された認証情報に関連付けられたIAMユーザーやロールの情報を返します。これにより、攻撃者はAPIキーが有効であるか、またそのキーがどのようなIAMエンティティに属しているかを確認できます。
次に、取得したIAMエンティティの権限範囲を把握するため、様々なAWSサービスに対するAPIコールを試行します。S3バケットのリスト取得、EC2インスタンスの起動・停止、IAMユーザーの一覧表示などが一般的なステップです。
aws s3 ls --profile leaked-key
aws ec2 describe-instances --profile leaked-key
aws iam list-users --profile leaked-key
これらの試行を通じて、攻撃者はAPIキーに付与されたIAMポリシーを推測し、権限昇格やラテラルムーブメントに利用可能な脆弱性(例: IAMロールの信頼ポリシーの設定ミス、特定のIAMアクションの過剰な許可)を探します。もし、そのキーにIAMポリシーを閲覧する権限(例: iam:GetPolicy
, iam:GetRolePolicy
)があれば、より効率的に権限を把握します。
3. ラテラルムーブメントとデータ窃取
十分な権限を持つAPIキーが悪用された場合、攻撃者は以下の手法でラテラルムーブメントとデータ窃取を行います。
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S3バケットからのデータダウンロード:
s3:GetObject
権限があれば、S3バケット内の機密ファイルを直接ダウンロードします。大量のデータ転送はCloudTrailのログに記録されます。bash aws s3 cp s3://confidential-data-bucket/secret.txt ./secret.txt --profile leaked-key
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EC2インスタンスへのアクセス: EC2インスタンスのSSHキーやユーザーデータを悪用してインスタンスにアクセスするか、あるいはインスタンスロールを利用して他のAWSサービスへのアクセス権を奪取します。
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IAMエンティティの作成・変更: 新たなIAMユーザーを作成し、長期的なアクセスを確保する永続化の手口が用いられることがあります。あるいは既存のIAMロールの信頼ポリシーを変更し、別のAWSアカウントからのアクセスを許可するなどの高度な手法も考えられます。
bash aws iam create-user --user-name malicious-user --profile leaked-key aws iam create-access-key --user-name malicious-user --profile leaked-key
技術的痕跡 (IOCs)と捜査過程で明らかになった技術的側面
不正アクセスが発覚した後、デジタルフォレンジックチームは以下の技術的痕跡を基に捜査を進めました。
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AWS CloudTrailログの分析:
- 異常なIPアドレスからのAPIコール: 通常利用されていない地理的ロケーションやISPからの
sts:GetCallerIdentity
やs3:GetObject
などのAPIコールが検出されました。 - 通常利用されないAPIアクションの実行:
iam:CreateUser
、iam:CreateAccessKey
、s3:PutBucketPolicy
など、通常の運用では実行されないAPIアクションが、当該APIキーによって実行された記録がありました。 - 異常なユーザーエージェント: AWS CLIのデフォルトとは異なる、あるいはカスタムされたユーザーエージェント文字列を持つAPIコールが確認されました。
- 大量のデータダウンロードイベント: 特定のS3バケットから短時間に大量のデータがダウンロードされたイベントが記録されており、これはデータ窃取の直接的な証拠となりました。
- 異常なIPアドレスからのAPIコール: 通常利用されていない地理的ロケーションやISPからの
-
GitHubリポジトリの履歴分析:
git log -S "AKIA"
コマンドを使用して、過去のコミット履歴からAWSアクセスキーがいつ、誰によってコミットされ、削除されたかを特定しました。これにより、APIキーの漏洩日時と原因となった開発者を特定することができました。- リポジトリのaudit logsやwebhookログも確認し、攻撃者がGitHubのリポジトリに直接アクセスした形跡がないか調査しました。
-
ネットワークフォレンジックとAWS VPC Flow Logs:
- AWS VPC Flow Logsを分析し、S3エンドポイントへの異常なEgressトラフィック、特に大量のデータが転送されたセッションを特定しました。これにより、データがどのリージョンから、どの外部IPアドレスに転送されたかを把握することができました。
これらの技術的痕跡の綿密な分析により、APIキーの漏洩から不正アクセス、そしてデータ窃取に至るまでの一連の攻撃シーケンスが詳細に解明されました。
実務への示唆と防御策
本事例から、セキュリティアナリストや運用チームは以下の具体的な対策を検討すべきです。
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認証情報管理の徹底:
- ハードコーディングの禁止: ソースコードや設定ファイルにAWSのアクセスキーを直接記述することを厳禁とします。
- シークレットマネージャーの活用: AWS Secrets ManagerやHashiCorp Vaultなどのシークレット管理サービスを利用し、認証情報をセキュアに保管・利用します。アプリケーションは実行時にこれらのサービスから認証情報を取得するように設計します。
- IAMロールと一時的な認証情報の利用: EC2インスタンスやLambda関数などのAWSリソースにはIAMロールを割り当て、一時的な認証情報(STS)を活用します。これにより、長期的なアクセスキーの漏洩リスクを排除できます。
- 最小権限の原則 (Least Privilege): IAMポリシーは、必要な権限のみを付与するように厳密に設定します。広すぎる権限は、漏洩時の被害を拡大させます。
-
コードスキャンとリポジトリ監視の強化:
- 自動化されたコードスキャンツール: GitGuardian, Trufflehog, detect-secretsなどのツールをCI/CDパイプラインに組み込み、コミットやプッシュ前にシークレット情報が誤って含まれていないかを自動的に検出します。
- Pre-commit/Pre-pushフック: Gitのフック機能を利用し、開発者がローカルでコミットやプッシュを行う際に、クレデンシャル情報が含まれていないかチェックする仕組みを導入します。
- 公開リポジトリの継続的な監視: 自組織に関連する公開リポジトリ(GitHub, GitLabなど)を継続的に監視し、意図しない認証情報の公開がないかをチェックします。
-
クラウド環境のログ監視と異常検知:
- CloudTrailの有効化と堅牢化: 全てのAWSアカウントとリージョンでCloudTrailを有効にし、ログの整合性を確保するため、S3バケットへのログ保存に加えてログファイルの検証を有効化します。
- SIEM/SOARとの連携: CloudTrailログをSIEM(Security Information and Event Management)システムに集約し、リアルタイムでの監視と相関分析を行います。
- 異常検知ルールの設定:
- 通常とは異なる地理的ロケーションからのAPIコール。
- 特定のIAMエンティティによる異常なAPIアクション(例: 大量データダウンロード、新しいIAMユーザー作成)。
- 短期間に多数の認証失敗ログ。
- AWS GuardDuty, Security Hubなどの活用: AWSネイティブのセキュリティサービスを積極的に利用し、脅威の検出と監視を強化します。
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インシデントレスポンス計画の策定と訓練:
- APIキーの漏洩やクラウド環境への不正アクセスが疑われる際の緊急対応手順を明確に定めます。
- 漏洩したAPIキーの無効化、関連リソースへのアクセス制限、ログ収集、被害範囲の特定といったステップを迅速に実行できる体制を構築し、定期的な訓練を実施します。
セキュリティインテリジェンスとしての活用
本事例は、クラウド環境における認証情報管理の不徹底が直接的な侵害に繋がるという典型的な攻撃パターンを示しています。この情報は、脅威インテリジェンスとして以下の点で活用されるべきです。
- TTPs (Tactics, Techniques, Procedures)の共有:
- 攻撃者が公開リポジトリから認証情報を窃取する手法は、Scattered SpiderやLapsus$などの著名な脅威アクターも用いる一般的な手法です。このTTPを組織内で共有し、開発者教育やセキュリティ施策の優先順位付けに役立てます。
sts:GetCallerIdentity
のようなAPIコールが異常なコンテキストで実行された場合、それはIoCとして認識し、アラートのトリガーとすべきです。
- IoC (Indicators of Compromise)の特定と共有:
- 公開リポジトリにアップロードされた認証情報は、検索エンジンを通じて容易にアクセスされるため、潜在的なIoCとして広く認識されるべきです。
- 特定のIPアドレスからの異常なAPIコール履歴や、通常と異なるユーザーエージェント文字列は、脅威アクターが使用するインフラの一部としてIoCリストに追加される可能性があります。
- 防御策の優先順位付け: この事例は、認証情報管理、コードスキャン、クラウドログ監視の3つが、クラウドセキュリティにおいて最も基本的ながらも効果的な防御策であることを改めて示しています。これらの領域への投資と継続的な改善は、組織全体のセキュリティ体制強化に直結します。
まとめ
クラウド環境における認証情報窃取は、引き続き主要な脅威であり続けます。本稿で分析した公開APIキーの悪用事例は、その典型的な攻撃経路と、そこから得られる技術的痕跡、そして取るべき防御策を明確に示しました。セキュリティアナリストの皆様には、この分析を基に、自組織のクラウドセキュリティ態勢を再評価し、認証情報管理の徹底、継続的な監視体制の構築、そしてインシデントレスポンス能力の強化に努めていただきたいと思います。サイバー脅威の進化に対応するためには、常に最新の攻撃手法を理解し、その知識を実践的な防御策へと昇華させることが不可欠です。